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福岡高等裁判所那覇支部 昭和63年(う)14号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を無期懲役に処する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人当山尚幸提出の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官丸山恭提出の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一(原判示全事実に関する訴訟手続の法令違反、事実誤認、法令適用の誤りの主張)について

所論は、要するに、本件各犯行当時、被告人が精神障害者ではないかとの顕著な疑いがある。すなわち、被告人は、昭和六一年五月一五日沖縄刑務所を仮出獄し、同年八月中旬ころ養豚場の作業員となったが、そのころから通常人では理解できないような性的に異常な行動(原野に繋がれた雌馬にわざわざ雄馬を連れてきて交尾をさせ、犬の陰茎に自らの手を触れて自慰行為をさせ、あるいは雌豚の膣内を観察する)など(家庭裁判所調査官奥宗隆ほか三名共同作成の鑑定書五六、五七頁)が顕著となってきたほか、同年九月ころには新聞配達中の小学校二年生の女生徒に抱きついてその乳房に触れ、また小学校五、六年生位の女生徒に猥褻行為をしようとして体育館裏に連れ込もうとし、同年一〇月ころには精神薄弱の女性に抱きついてその乳房、陰部を指で弄ぶ等の猥褻行為に及ぶ(同鑑定書五八、五九頁)など、被告人には時間と場所を選ばない衝動的で異常な行動が見受けられ、通常人の精神状態ではなかったことが窺われる。そして被告人は、昭和五〇年(当時二八歳)に脳血栓で入院したことがあり、同五三年(当時三〇歳)に僧帽弁狭窄症及び大動脈弁閉鎖不全症により心臓手術を受けた病歴を有しているところ(同鑑定書二五頁)、それまでは前科前歴もなく普通の生活をしてきた者が、三〇歳代になって急に前記のような性的異常を示すに至ったことからすると、右の身体的負因が精神面に重大な影響を及ぼしている疑いが濃厚である。したがって、原裁判所としては被告人の精神状態につき専門の医師による鑑定に付したうえ、被告人が本件各犯行当時心神耗弱の状態にあったか否かを判断すべきであるのに、原裁判所がこの挙に出ず、被告人を死刑に処した原判決には審理不尽による訴訟手続の法令違反又は事実の誤認があり、ひいては法令の適用を誤った違法があって、これが、判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

しかしながら、原審記録を精査し、当審における事実取調の結果を併せ検討しても、本件各犯行当時、被告人が行為の是非善悪を弁別し、これに従って行動する能力に著しく欠けるような精神障害のあったことを疑うに足りる事跡は認められず、原審も被告人に右のような精神障害のないことを認めて判決したのであるから、原審が被告人の精神状態につき専門の医師による鑑定をしなかったとしても、原判決に所論にいうような審理不尽による訴訟手続の法令違反または事実の誤認があって法令の適用を誤ったとみるべき余地は存しない。右のように認定した理由は以下のとおりである。

すなわち、被告人の精神状態に関し、当審において取り調べた鑑定人中田修作成の鑑定書及び証人中田修の当審公判廷における供述によれば、被告人は、元来、意思薄弱性、情性稀薄性を主徴とする異常性格(精神病質)の持ち主ではあるが、その知能は平均的で正常の範囲内にあること、右の精神病質と性欲亢進の上に、昭和五〇年ころ罹患した脳塞栓による脳の器質的障害(この事実は、脳波検査及びCT検査(コンピュータ断層撮影)により明らかである。)が加わって何らかの精神的変化を生じた疑いがあり、その責任能力にいくばくかの障害があると考えられるが、心神耗弱の状態にまでには至っていなかったことが認められる。しかして、右鑑定の結論に至る過程には納得し難いような部分は見当たらないし、その前提とする事実が、本件の犯行に至る経緯、犯行の動機、原因、犯行状況、犯行後の行動などについての被告人の認識及び記憶の内容、程度などとも矛盾するところはないと考えられるうえ、被告人の原・当審公判廷における各供述、被告人の検察官(昭和六一年一二月一七日付け、同月二六日付け、同月二七日付け、同月二八日付け、昭和六二年一月四日付け)及び司法警察員(昭和六一年一二月一五日付け、同月一六日付け、同月一七日付け、同月一八日付け、同月三〇日付け-七枚綴りのもの)に対する各供述調書、司法警察員作成の実況見分調書二通、原審裁判所の検証調書等関係証拠を子細に検討すると、被告人は、被害児を誘拐し、殺害するまでの行動、殺害後その死体を隠蔽するための偽装工作等本件各犯行時及びその前後の自己の行動につき正確かつ鮮明に記憶し、取調官に対し詳細に供述していることが認められ、これらの事実を総合して考察すると、被告人の精神障害の程度はさほど高度なものではなく、本件各犯行当時、被告人が、事理の是非善悪を弁別する能力又はその弁別に従って行動する能力が著しく減弱した状態にあったものとは認められない。

なお、所論指摘の被告人の性的な異常行動について付言するに、前記中田修作成の鑑定書によれば、被告人は、元来人一倍性的関心が強く、性欲は亢進しているが、質的には倒錯は認められず、また小児性愛(ペドフイリー)も存在せず、成人女性の代償として接近しやすい幼児や精神薄弱者を選択するようになったもので、所論のような異常行動は、被告人が前記脳塞栓に罹患した後に発現していることからみて、右疾病による脳障害が影響した疑いがあるものの、被告人の責任能力に著しい障害を及ぼすほどのものではなかったことが認められる。

したがって、本件各犯行当時、被告人の責任能力に著しく影響を及ぼすような精神障害はなかったとして、心神耗弱を認定しなかった原判決には、所論にいうような審理不尽による訴訟手続の法令違反、事実誤認、法令適用の誤りは認められないので、論旨はいずれも理由がない。

控訴趣意第二(原判示第二の事実に関する法令適用の誤りの主張)について

所論は、要するに、(1)死刑を定めた刑法一九九条は残虐な刑罰を禁止する憲法三六条に違反する、(2)絞首刑は、その執行方法自体が残虐であるから憲法三六条に違反し、かつ、その執行方法には法的根拠がないから憲法三一条に違反する、以上のように、憲法に違反する刑法一九九条の規定を適用して被告人を死刑に処した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがあるというのである。

しかしながら、死刑を定めた刑法の規定及び絞首刑が憲法三六条に違反するものでないこと、絞首刑の執行方法が憲法三一条に違反しないこと等は最高裁判所の確立した判例(同裁判所昭和二三年三月一二日大法廷判決・刑集二巻三号一九一頁、同裁判所昭和三六年七月一九日大法廷判決・刑集一五巻七号一一〇六頁等参照)であり、当裁判所もこれを正当と考えるものであって、所論は採用できない。論旨は理由がない。

控訴趣意第三(量刑不当の主張)について

所論にかんがみ、原判決の量刑の当否について、原審記録を精査し、当審における事実取調の結果をも併せ検討するに、

「本件各犯行は、原判決が詳細に判示しているとおりであって、その概要は、被告人は、原判示の「犯行に至る経緯」を経て、昭和六一年一二月一四日午後六時ころ、沖縄県石垣市字得所在の公民館で友達と遊んでいたA(当時八歳)を認めるや、同女を誘拐して姦淫しようと考え、嘘を言って同女を誘い出し自己の軽自動車に乗車させたうえ、同日午後六時三〇分ころ、同女を同市字平得山田の農道まで連れて行き、もってわいせつの目的で同女を誘拐し、さらに、同所において、同女が一三歳未満であることを知りながら、嫌がる同女の上に乗りかかって姦淫しようとしたが、同女が幼少であったため、未遂に終わり(原判示第一)、右犯行直後、同女から「おじさんの顔を覚えているから、お父さんに言いつけてやる。」と言われるや、自己の犯行の発覚を恐れ、とっさに同女を殺害しようと決意し、同女の頸部を右腕で締めつけて昏倒させ、さらに付近にあった重さ約五キログラムの石塊をその頭部めがけて三回叩きつけて殺害し(同第二)た後、翌一五日の朝、再び本件殺害現場に赴き、死体を同所近くの農道脇の草やぶの中に隠匿して遺棄した(同第三)というものであって、犯行の動機は、極めて短絡的かつ自己中心的であり酌むべき点はないこと、わいせつ誘拐及び強姦未遂の点は計画的な犯行であるうえ、犯行の態様特に殺人の点は残忍非情な所業であること、本件により、何ら責められるべき点もないのに、前途春秋に富む幼い命を無残にも奪われた被害児の不憫さはいうまでもなく、ひたすら愛児の健やかな成長を願ってはぐくんできた両親をはじめ親族の悲嘆と無念さは察するに余りあり、今なお両親が被告人に対して極刑を求めている心情も、けだし当然と思料されること、また本件が地域社会はもとより社会全般に与えた衝撃の大きいことも多言を要しない。その他被告人は、昭和五四年一一月に強制猥褻致傷罪により懲役二年に、同五七年三月には器物損壊罪により懲役一〇月に、同五八年九月には強制わいせつ、わいせつ誘拐罪により懲役三年にそれぞれ処せられたこともあるのに、前刑の仮出獄後わずか半年余にして本件各犯行に及んだものであることなどに徴すると、被告人の刑事責任はまことに重大であるといわなければならず、これと同様の観点に立って、本件につき、被告人の生命をもってその罪を償うべきものとし、処断刑としてあえて死刑を選択し、被告人を死刑に処した原判決の量刑も、あながち首肯できないものではない。

しかしながら、更に子細に検討してみると、本件各犯行中最も重い殺人の点は、綿密周到な計画によるものではなく偶発的な犯行であり、原判示第一の強姦未遂の犯行後、前述したように、被害児から父親に言いつけてやると言われたことがいわば引き金となって同児を殺害しようと決意したものであること、当初、被告人は同児の頸部を右腕で締めつけ、同児の力が抜けてぐったりとなったので、死亡したものと思いその場を立ち去ろうとしたところ、背後から同児のうめき声が聞こえ、ろうばいと恐怖心も加わって、前記のように石塊を叩きつけたものであること、本件各犯行が生来の性格異常の上に加わった脳器質障害に影響された疑いがあり、原判決当時明らかでなかった右のような資質的負因も窺われること、翻って、被告人のこれまでの行状をみても、勤務怠慢を理由に職を解雇されたり、服役を繰り返したため職を転々とし、その生活態度は決して芳しいものではなかったが、平素の行状には人を殺害するような格別粗暴な点は見当たらず、その性格が冷酷残忍で矯正が全く不可能であるとも言い難いところであるから、これらの情状を考慮の外におくことはできないし、特に、死刑は人命の剥奪を内容とする最も冷厳な刑罰であり、真にやむを得ない場合にのみ適用すべき究極の刑罰であることを考慮し、かつ、近年のわが国における同種犯罪に対する量刑の実状をも勘案するときは、被告人を死刑に処した原判決の量刑は重きに失し、維持し難いものとせざるをえない。論旨はこの点において理由がある。

そこで、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により更に次のとおり判決する。

原判決が認定した罪となるべき事実に、その適用したのと同一の法令の適用(科刑上一罪の処理を含む。)をし、所定刑中原判示第二の罪につき無期懲役刑を選択し、被告人は、(1)昭和五七年三月九日那覇地方裁判所石垣支部で器物損壊罪により懲役一〇月に処せられ、同年一二月九日右刑の執行を受け終わり、(2)その後犯した強制わいせつ、わいせつ誘拐罪により同五八年九月二〇日同裁判所同支部で懲役三年に処せられ、同六一年六月二一日右刑の執行を受け終わった累犯となるべき前科(この事実は、検察事務官作成の前科調書及び右裁判の各判決書謄本により認める。)があるので、原判示第一及び第三の各罪につき刑法五九条、五六条一項、五七条により(第一の罪については同法一四条の制限内で)それぞれ三犯の加重をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるが、前述のように右第二の罪につき無期懲役刑を選択したから同法四六条二項本文により他の刑を科さないこととして被告人を無期懲役に処し、原審における未決勾留日数はこれを本刑に算入しないこととし、原審及び当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西川賢二 裁判官 宮城京一 裁判官 満田明彦)

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